体重測定

お題「起きて最初にすること」

 

朝の日課

 

① 起床

② 洗顔

③ パック

④ 体重測定

 

①~④まで、誰もがしているだろう、つまらない日課です。

ただ、私は、最近③が変わったのです。

前までは、③はパックではなくて、化粧水を適当にパシャパシャするだけ。

だって、だって、顔に油田があるから!

 

私も、色々調べてはみたよ。

油田解消法。

調べたって言っても、ネット検索だけど。

調べるとさ、保湿しないと油田は解消できないってあるから、朝から化粧水と乳液使ったこともあったよ。

だけど、

メイク1時間後にはスッピンさ。

 

メイクに10分くらいかけて、1時間ももたないって結構辛い。

 

どうせ、油田ならせめて手間を減らしたいと思って。

サボリーノ使ってみた。

 

これは、キシリトールかアルコールか知らないけど、顔がヒンヤリする。

酷暑の中、気持ちいいし。

収れん効果もあるんじゃね? と思ってさ。

まぁ、最近のお気に入り。

 

まぁまぁ、これもネット拡散したいくらいオススメなわけだけれども、もっとオススメなのが、朝の体重測定。

 

ウエイト管理には最強だと思うの。

 

 

ポイントは朝と夕食前に体重測定すること。

所説ありますが、私は朝の体重から1kgくらい増えてたら夕飯で調整します。

そもそも、寝る前の食事なんて寝るためのエネルギーさえあればいいわけだから。

とは言っても、別にストイックなわけではなくて、夕飯食べるの面倒くさくて。お腹が膨れればそれでいいと思うから。

 

と言うか、ビールでいいよね!! みたいな。

 

朝と夜にちゃんと体重測っていると、自分が何で太りやすいか分かるようになるの。

私は、やっぱり炭水化物。ランチにパスタとかピザ食べるのと、定食食べるのとでは、夜の体重が違うの。

でも、仕事中のストレスはなるべくなくしたいから、朝と昼は好きなもの食べたいし、お菓子だって食べるよ。

ガマンしたくないから、夜で調整。

 

 

夕飯前に800g以上増えていたら、夕飯は少なめにしている。

でもでも、どうしても食べたいときとか友達とごはんの時に我慢とかイヤだから、休日で調整。

 

少なめ。

 

 

めっちゃウエイトコントロール頑張っているように見えるかもだけど、毎日朝夕と体重測っていたら、自然と身についてきたこと。

だから、ストレスも感じない。

食べたいもの食べているから。

 

これで、一応ベース体重±1kgキープできています。

別に毎日2回測っているわけではなくて、毎日お風呂前に体重測定しているのだけど、「なんか増えてきたな?」

って思ったら2回に切り替えるみたいな。

 

なんかで見たんだけど、体重測定の頻度が少ない人ほど体重が増えやすいんだって。

 

だから、体重計乗りたくないって思っても、乗った方が結果的にはいいんだよ。

+1kgと+3kgとじゃ、リカバリーの労力が全然違うもの。

若いうちは、すぐに体重落ちるかもしれないけど、私の経験では20代後半くらいから体重が落ちにくくなる。

 

 

 

そもそも、体重計に一日2回乗るようになったきっかけは、太ったからではなく、痩せたからなんだ。

まぁ、他人からみれば私の体重は身長に対して標準って思う人もいるかもしれないけど、ある程度の年齢になっていきなり体重が落ちると体力がハンパなく低下するの。

 

 

あとから考えると食欲なかったなって思うけど、その時は、体重計が壊れたと思って体重計を買ったほど体重が落ちたの。

体力が落ちて仕事も家事もしんどいし、元の体重に戻さないとと思って、さっきまで言ってたのとは逆に、朝と夜測って、思ったように増えてなかったら夕飯多めに食べていた。

私はそれまで、10代後半くらいからずっと体重変わらなかった。

いっぱい食べても、そんなに食べなくても。

毎日体重測るのがバカバカしいくらい。

だから体重なんか測ってなかった。

 

で。

「なんか最近体重たいなぁ~。太ったのかなぁ~」

なんて思ってたら、友達に

「ころ、最近痩せたんじゃない? ちょっと病的じゃない?」

って言われて。

「え? どちらかというと太ったんだと思うんだけど」

と言いながらも、家に帰って体重測ってみたら減っているではないか!

6kgも!

全然気づかなかった!

いや?

そういえば、最近歩いているとジーパンが腰のあたりで回っていたな

とか思った。

スカート履いていると、サイズが合わなかったり、歩き方が悪かったりで、腰のあたりで回るでしょ?

それが、ジーパンでおきていたのです。

でも、変なの~。って思うだけで気にしていなかった。

 

そのくらい体重に無頓着だったのです。

 

なぜ、「太ったから体が重いんだ」と思ったかと言うと、昔は今より10kgくらい太っていたから。

 

自分は太りやすいんだと思い込んでいた。

 

その時は、結構、一つのことに集中すると飲食忘れるタイプなので、課題がたまったときに一気に消化していたら、気付いたら元に戻っていたのだけど。

 

 

それも今では体重も元に戻って、今では体重キープの為にしています。

だから、増量したい人にとっても、減量したい人にとってもオススメです。

 

と言うことで、太ったり痩せたりで、太もものミミズ割れハンパないっす。

赤いマーキング

お題「今日の出来事」

 

尿意を催してトイレに行ったときのこと。

 

トイレの中に、1匹の蛾を見つけました。

 

しかし、ビールを飲んで利尿効果をもたらした私の膀胱は我慢なんて知りません。

 

酔っぱらったフワフワした夢心地の私は思いました。

「蛾ならいいや」

と。

 

 

私の混乱した頭の回路は、半裸の姿で過ごすトイレの中に蛾の同席を認めたのです。

 

私は、いつもどおりパジャマを下ろし、便座に腰掛けました。

用を済ませ、トイレをあとにすると、

なんといういことでしょう。

 

お尻がかゆくなってきたではありませんか。

 

もしかして。。。。。。

 

 

私は思いました。

あれは蛾ではなく蚊だったのではないかと。

 

 

お尻にはポツンと淋しそうに、けれでも赤々と主張したおでき。

そこから発せられる、我慢のきかない痒み。

 

あれが蛾であったにせよ、蚊であったにせよ、虫に刺されたのはまごうことなき事実でした。

 

 

とりあえず、トイレからは、蛾が出てこれないように

私の部屋へ侵入してこないように、トイレに閉じ込める形で扉をしめました。

 

 

赤く腫れあがり、その周りを白い皮膚が囲みます。

私はその赤い点に手持ちのステロイド薬をつけたのでした。

 

 

 

しばらくして、トイレから出てきた姉と、歯磨き中の私が出くわしました。

 

姉は言いました。

「トイレにやぶ蚊がいるよ」

そう言って、姉は2階での排泄を諦め、1階へと階段を降りて行ったのです。

 

 

私のお尻の赤い点は、やぶ蚊のマーキングでした。

 

私は、痒むおしりをトントンと叩き思いました。

 

 

もう来ないでね。

シャンプー&コンディショナー試してみたよ。

お題「どうしても言いたい!」

 

私の髪質は

・湿気で広がる

・基本的には程よいストレート

・前髪はぺたんこ

・玉結びな枝毛がちらほら

アホ毛出動は通常運転

・洗髪時に髪がひっかかり抜ける

です。

 

 

↓↓↓ そんな私が試してみたのがこちら↓↓↓

 

選択条件は、なんのこっちゃない近所のドラックストアで手に入る試供品だぁ!

 

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試してみた結果(と言っても一回ずつですが……)、LAXとBOTANISTがいいんじゃない? と。

 

使い続けたらまた違うのかもしれませんが、他は、残念ながら、髪の毛が軋んだり、翌日パサついたりでした。

と言うことで、LAXとBOTANISTの二択に入りましたた。

 

あとはもう、香りの好み的な。

 

 

で、私的1位を獲得したのが、BOTANIST!

 

 

BOTANISTは、洗髪時からもう違いました。

実は、それまでダイアンを気に入って使っていたのですが、梅雨に入り、私の髪も悪さを始めました。

悪さが始まったら、もう今までのダイアンでは収集つかなくなり、洗髪時に切れ毛、翌日の乾燥。

愛用している洗い流さないトリートメントはオルビスのヘアミルク。このヘアミルクでどうにかなっていた髪もどうにもならなくなり、試供品を試してボトルを購入しようと思い立ったのが始まりです。

 

繰り返しになりますが、BOTANISTは本当に洗髪時から、トゥルトゥルで指どおりが滑らか。心なしか指にひっかかり切れる毛が減ったように感じました。

なによりも洗髪時の軋みがないから、洗うのが楽!

BOTANISTのアウトバストリートメントも使って完璧!

ドライヤー時の軋みもなし。

 

だけど、ダイアンより洗いあがりが早い。

ドライヤー後もしっとり。

香りは、ドライヤーした部屋がその匂いで充満されるくらいだから、それなりにある。

しかし、翌日になると自分の髪の毛からは感じない。

私は鼻がいい方なので、この感覚は人より鋭い自信はあります。

 

でも、だいたいのシャンプーやトリートメントに香りは付きもの。あとは好みでしょ。

好み的にも好きな香り。

 

まぁね。最近みたいな猛暑だとそんなに感じないけど、汗をかくと意思を持ったかのように出てくるよ。アホ毛。広がり。

でも、前よりは大分マシですよ。

 

他にもいいものはあるだろうけど、しばらくはBOTANISTにお世話になるかな。

だって、手触りが好きだから。

関ジャニ∞ライブ

関ジャニのライブに行ってきました。

 

私は、前にも書いたのですが、すばるくん担です。

 

 

今回は正直、行こうかどうしようか迷いました。

 

だけど、すばるくんがいない関ジャニのライブを見てから、今後エイターであり続けるか考えようと思い、行くことにしました。

 

 

いつもと変わらない心臓の高鳴りのなか、関ジャニが登場。

最初の1曲目で涙が込み上げてきました。

 

違う。

今までと違う。

 

すばるくんの声が聴こえない。

私は、すばるくんの声のない関ジャニの歌を聴くことで、すばるくんの声の偉大さに気付くこととなりました。

 

数曲歌った後に、亮ちゃんが言いました。

「今までと並び(立ち位置)が違うことや、聴こえ方が違うと思う。だけど楽しんでいってもらえるように頑張る」

みたいなこと。(うろ覚えでスイマセン)

 

確かに、違和感は確実にそこにありました。

すばるくんの声量、声質。それがないのだから。

 

でも、亮ちゃんや、横ちょ、マルちゃんに、ヒナちゃん、章ちゃんにたっちょん。

みんなが、エイターの為に心を尽くし、努力を惜しまず、このライブを作り上げてくれたと感じるライブでした。

 

章ちゃんは、ファンサイトで、ファンに向かって病気やケガのことを包み隠さず話してくれました。

 

ファンなら誰もが思ったと思います。

「章ちゃん。無理しないで。ちゃんと待ってるから。安心して休んで」

だけど、章ちゃんはライブで元気な顔を見せてくれました。

きっと、ドクターストップだってかかっただろうに、「できる範囲で」と章ちゃんは言っていたけれど、階段を下りるだけで、トロッコの振動で、痛みはあったと思います。

 

それでも、7→6になったところに、更に6→5でライブを開園することに抵抗があったのだと思います。

章ちゃんは、いつも通りのかわいい笑顔でライブを演じてくれました。

 

私は、これまでファンクラブに入ったことはないので、芸能人のファンというものがどういうものか分かりません。

でもきっと、ファンクラブというものに入っている人は、みんな感じているのだと思います。

この人のファンでいれて幸せだと。

 

同じように私も関ジャニのファンでいれて幸せだと感じました。

 

関ジャニが私たちファンの気持ちを考えて、私たちファン以上のところに、その考えを置き、最大限に答えようとしてくれているのだから。

ジャニヲタの狂気じみた考え方と思う人もいるでしょう。

だけど、私はそう思うのです。

そう思えるのは、ファンでいさせてくれる関ジャニのおかげです。

 

関ジャニはファンがいてくれてこその自分らだと言ってくれるけど、ファンでいさせてくれるのは、関ジャニです。

 

そんな相互関係がそこにはあると思うのです。

どんな関係も、お互いに努力しないと成り立たないと思います。

それは、友人同士であっても、職場の人間関係であっても同じことだと私は思います。

 

ライブの終焉間近に亮ちゃんがファンに問いかけました。

「すばるくんファンも楽しんでくれた?」と。

みんな、ペンライトを振りながら

「いえーーーーーぃ!!」と答えました。

亮ちゃんは

「嘘だね!」

と言いました。

 

私は声を大にして叫びたい!

本当に楽しかった!

感動した!

 

一夜限りの感情です。

 

次のライブも行きます。

だけど、この感動と高揚感、少しの虚無感はこの一夜だけのことと思います。

 

2.5次元の世界の人と分かりながらも、3次元の感情を与えてくれる最高のステージでした。

本当にあった怖いおならの話

お題「わたしの黒歴史」

 

ブログを始めたきっかけは、おならの失敗が多くて恥ずかしかったのを、どうにかポジティブに考えられないかと思ったからなんだけど。

 

そんな、自分の放屁に怯える日々が始まるきっかけが、私の黒歴史

 

あれは、小学校高学年の頃。

視聴覚室か図工室か。

なんか、そういう普段使わない部屋での視力検査のときのこと。

 

男女二列ずつに並び、視力検査板を背に向けて、体育座りで待機するよう指示されていた私たち。

 

友達と雑談しながら、自分の順番を待っていたのですが、、、

なにかの会話の中で、私がおかしなことを言ったのか、友達に

「もう〜コロったら〜」

と、真横から肩を押されたのです。

 

すると、なんということでしょう。

室内に響き渡るくらいの大きさの音を抱えた空気が、体育座りのまま床に転がる私のお尻の穴から逃げていったのです。

音としては

ブ⤴︎⤴︎⤴︎

と言った感じでした。

 

私は、その自分から出た音に驚きながら、しかし、それとはまた別の感覚にも驚いたのです。

 

......おならしたい感覚なんてなかったのに。

 

なんと言うことでしょう。

私の腸は、おならの感覚を事後報告したのです。

したい感覚もないのに、肛門に力を入れるはずもありません。

 

あまりの大きな音に、取り繕える筈がないと確信した私は、転がった体を起こし、体育座りに直り、友達に言ったのです。

「もう! 急に押すからおなら出てしまったよー」

友達は言いました。

「ちょっと、すごい音したよー」

 

それから後の記憶はあまりありません。

 

 

 

もう一つ。

学生時代の話を。

 

アレは、全校集会の時だったでしょうか。

やはり、私は他の生徒同様、教師に体育座りを命じられ、周りの生徒と隙間のないくらいの狭い場所で、居心地の悪さを感じながら過ごしていたのです。

 

校長や生徒指導の長い話のなか、

私のお腹は、ボコボコと空気を溜めていったのです。

滑りの良さそうな腸の粘膜(あくまてイメージです)の中で、空気と空気が出会い、塊になり出陣準備ができるまでにそう時間はかかりませんでした。

 

ヤバイヤバイ。

おならがしたくなってきた。

 

しかし、私には視力検査の時の思い出があります。

 

私は考えました。何が正義か。

① 音を立てずに空気を体外に追い出すか。

② 手を挙げて、トイレに行かせてもらうか。

③ 力の限り、ガマンするか。

 

私はお腹をよく壊す子どもだったので、匂いに自信がありません。

よって、①は却下です。

 

全校生徒の前でトイレに立つために挙手する度胸も、当時の私にはありませんでした。

よって、②も却下となります。

 

③しか選択肢に残りません。

 

 

私は、ガマンしました。

もう少し。もう少しだから。と。

最早自身の脳を落ち着かせるために思っているのか、それとも、頑張る肛門を労うためなのか分かりませんでしたが、それでも呪文のように心の中で唱えました。

 

もう少しだから。

 

しかし、肛門付近で出待ちをしていた空気は、硬く閉められた扉を開けることを諦め、お腹の中に引き返してきたのです。

それは、さながら、渋滞に根負けした車が家に引き返すかのようでした。

 

すごい音がしました。

場所は体育館です。

響くなんてものではないです。

 

なんと言うことでしょう。

肛門から出なくても、放屁音は出るのです。

それは、初めての発見でした。

匂いはないはずです。

正確には、体外に出ていないのですから。

 

しかし、思春期真っ盛りの私に、どうしてその真実を話すことができたでしょうか。

 

次の日も登校しました。

クラスメイトは優しい人たちばかりです。

おならについて触れてくる人はいませんでした。

 

だけど、隣のクラスに用事をしに行ったとき、目があった男子に言われたのです。

 

「屁」

 

と、その一言だけ。

その後の記憶はあまりありません。

不登校になった覚えはないので、おならをした私を責めたのは、その言葉だけだったのでしょう。

 

 

 

おならをガマンできる人にガマンできない人の気持ちは、分からないでしょう。

ガマンしているのに出てしまう。

おならの逆流の放屁音も、経験した人にしか分からないと思います。

 

それは、

太りたくても太れず貧相な自分をコンプレックスに感じている痩せた人に、

「細くて羨ましい」

などと言って、褒めたつもりが実は傷つけている。

そんな現象に似ていると思います。

体験していないから分からないのです。

 

 

 

行動の前には必ず思考がある。とよく言われています。

他人の言動が理解できないものだったり、コピーを10部頼んだはずが、ニコニコとコピーした50部を持ってきたり。

もし、そういう、人の言動のために、ちょっとイラっとする感覚があっても、必ず、考えがあってのことだと。

 

まずは、どうして?と自身で考えてみたり、理由を聞いたりする余裕を持ちたいと思うのです。

そして、それは、意外と腑に落ちる理由だったりします。

 

 

最近は、漢方がよく効いているのか、おならの失敗は少なくなりましたが、

例えば、私なら

「笑。どうしたの? お腹の調子悪いの?」

って聞いてもらえると助かります。

「過敏性腸炎のガス型なの。したい感じないのに出たり、お腹の中で破裂音するの、、治療中なので、よくなるまで不快かもだけど、ごめんねー」

って言いたいです。

女職場だからそう思うのかもしれなくて、男職場に女数人だと、気づかないふりの方が感謝です。

 

 

本当にあった怖いおならの話

および

おならの失敗から得たものでした。

 

 

私が本の中の住人だったとしたら

小説や漫画、テレビ。

 

私がその架空の世界の人物だったとしたら。

そう考える時がある。

 

私は、確かにその世界に存在するけど、その世界の中の私の全てを見ている人がいるとしたら。

 

 

例えば小説だったら。

他人のことはよく分からないから、自分が主人公の世界を考える。

 

私の名前は明美

どこにでもいる普通の女だ。

 

彼女の名前は明美

彼女は、時々周りの人をざわつかせる。

なぜか。

 

彼女の言葉は脊髄反射で出てくるからだ。

例えば、熱いものに触れて思わず手を引っ込めてしまう。

脚の甲を叩かれて、足が上がってします。

所謂それだ。

 

 

彼女は、退職間近の上司に尋ねようか考えようとする。

「退職金ていくらもらえるんですか?」

 

普通は興味があっても親と子ほど年の離れた人に聞ける言葉ではない。

だけど彼女の脳裏によぎった文章は

彼女の意図とは関係なく口をついて出てしまうのだ。

 

 

「退職金ていくらもらえるんですか?」

 

 

驚きの表情を隠せずに、それでも自分の子供ほどの年齢の後輩だと

きっと、そう瞬時に自分の中の、彼女の言葉への反発心に反応したのだろう。

 

 

その上司は笑顔で答えるのだ。

「まぁ、老後困らない程度かな」

 

 

しかし、彼女は他人の表情を読み解く力はあるのだ。

だから、彼女は思う。

(しまった。聞いてはいけないことだった。)

 

 

 

彼女は何度も何度も周りの優しさや、懐の深さに救われていることに気付く。

 

こんな風に、一瞬表情を強張らせ、それでも許したかのような笑顔で

自分の無礼な言葉に答えてくれる人がいる。

 

そんな優しさに包まれながら、彼女は生きてきた。

多少の息苦しさは感じながらも、それでも自分を消すことを選ばないでいられる環境を、彼女は周りの人によって与えられていたのだ。

 

 

 

彼女の心は、彼女の発する言葉のようになんのオブラートも持ち合わせていない。

だから、彼女はいつも思う。

あの人を傷つけてしまったのではないか。

それは、友情や恋情の向ける先にのみ存在するものではない。

 

親に言った言葉。

兄弟に発した言葉。

 

それぞれにも適用される。

 

 

彼女は、いつも罪悪感でいっぱいだ。

自分の発する言葉に、なんのクッションも挟まず。

脳を介していない言葉。

 

だけど彼女は、自分の発した言葉の相手の表情を忘れることができない。

 

夜、眠りにつく前に

彼女は、一日を振り返る。

 

「そういえば、あの人のあの表情はどういう気持ちから出たものだろう」

「あの人の話を私はちゃんと聴いてあげれていたのかな」

 

確かめようのない、否、確かめる必要もない

きっと、他の人たちは、ここまで他人の発した言動を振り返りはしないだろう。

それは分かっている。

 

彼女が考えるのは、他人の言動ではなく自分の言動にあった。

 

自分は人を傷つける人間なのだ。

物心ついた頃から、彼女は自分をそんな風に評していた。

 

言葉遣いを気を付け、声のトーンを考え。

社会人になって幾年か経った彼女には、その口調は脳を介さずともできることだった。

 

しかし、彼女は

自分は人を傷つける人間だと分かっている。

だから毎夜考えるのだ。

 

今日のあの言葉のあとの彼女の反応。彼の反応。

私の言葉がもたらした感情の現れなのではないか。

 

 

もしかして、こういう捉え方をされたのでは?

こういう言い方の方が良かったのでは?

あぁ。その後の会話の相手の表情はどうだっただろうか。

 

 

答えのない世界に今夜も彼女は身を投じる。

 

 

そんな私はは、50ページ程度の紙の中に存在する。

その紙は無料で見られる、退屈な小説の中の一短編に過ぎない。

フリックされたら終了する

そんな指先で簡単に消される、ただの一コマなのだ。

眠りにつくまで

今日がダメなら明日。

明日がダメならあさって。

 

いつか眠りにつけるはず。

 

別に今日じゃなくたっていいじゃないか。

明日じゃなくたって。

なんなら、週末に寝だめでも。

 

 

 

 

 

23時。

そろそろ寝ないと、明日仕事にならない。

 

ベッドに入る。

 

彼女が入った寝床は、近所の有名な寝具専門店のマットレスに、冷感素材のベッドパット。

枕はセミオーダーのものだ。

 

 

彼女は、こと睡眠に関してはひどく神経質で、頻繁にカバーを洗濯し、寝たいと思う時間の3時間前には入浴を済ませた。

 

室温は26度に保たれている。

 

しかし、なぜだか彼女はベッドに入ると緊張するのだった。

 

 

早く寝ないと。

早く。

早く。

早く。

 

 

ベッドの中で身を強張らせ、早くその時が来ることを、目を強く閉じて待つ。

 

消灯まではちっとも気にならない時計の針の音が耳に障る。

ブルーレイレコーダの機械音が。

エアコンの風の音が。

 

部屋に設置したあらゆるものの音

二重窓の向こうの自然界の音も

彼女の耳には、もはや騒音にしか聞こえない。

 

彼は言う。

「寝るの諦めたら?」

 

彼女は思う。

「他人ごとだと思って」

 

 

右向きになり5分。

左向きになり10分。

 

重なる膝小僧の横っ面が、彼女が骨ばった体だと訴える。

 

 

23時半。

足元に丸めておいた羽布団を足の間に挟み、赤みを帯びた膝小僧を助けてやる。

 

 

24時。

彼女は彼の言葉を思い出す。

 

枕元に置いてあるリモコンでテレビをつけ、テレビに目を向ける。

しかし、せめてもの抵抗とブルーライトカットを意識し、テレビの画質を下げる。

 

 

つまらない画面の中の出来事に退屈し、目を閉じてみた。

テレビと反対の方に体を向ける。

 

 

 

次の意識は

翌日の朝にあった。

 

 

 

なんということか。

眠りへの執着が途切れることで

眠りへの道が開かれたのだ。

 

 

彼女は思う。

明日もテレビをつけたまま寝よう。

スリープタイマーは忘れずに。