私が本の中の住人だったとしたら

小説や漫画、テレビ。

 

私がその架空の世界の人物だったとしたら。

そう考える時がある。

 

私は、確かにその世界に存在するけど、その世界の中の私の全てを見ている人がいるとしたら。

 

 

例えば小説だったら。

他人のことはよく分からないから、自分が主人公の世界を考える。

 

私の名前は明美

どこにでもいる普通の女だ。

 

彼女の名前は明美

彼女は、時々周りの人をざわつかせる。

なぜか。

 

彼女の言葉は脊髄反射で出てくるからだ。

例えば、熱いものに触れて思わず手を引っ込めてしまう。

脚の甲を叩かれて、足が上がってします。

所謂それだ。

 

 

彼女は、退職間近の上司に尋ねようか考えようとする。

「退職金ていくらもらえるんですか?」

 

普通は興味があっても親と子ほど年の離れた人に聞ける言葉ではない。

だけど彼女の脳裏によぎった文章は

彼女の意図とは関係なく口をついて出てしまうのだ。

 

 

「退職金ていくらもらえるんですか?」

 

 

驚きの表情を隠せずに、それでも自分の子供ほどの年齢の後輩だと

きっと、そう瞬時に自分の中の、彼女の言葉への反発心に反応したのだろう。

 

 

その上司は笑顔で答えるのだ。

「まぁ、老後困らない程度かな」

 

 

しかし、彼女は他人の表情を読み解く力はあるのだ。

だから、彼女は思う。

(しまった。聞いてはいけないことだった。)

 

 

 

彼女は何度も何度も周りの優しさや、懐の深さに救われていることに気付く。

 

こんな風に、一瞬表情を強張らせ、それでも許したかのような笑顔で

自分の無礼な言葉に答えてくれる人がいる。

 

そんな優しさに包まれながら、彼女は生きてきた。

多少の息苦しさは感じながらも、それでも自分を消すことを選ばないでいられる環境を、彼女は周りの人によって与えられていたのだ。

 

 

 

彼女の心は、彼女の発する言葉のようになんのオブラートも持ち合わせていない。

だから、彼女はいつも思う。

あの人を傷つけてしまったのではないか。

それは、友情や恋情の向ける先にのみ存在するものではない。

 

親に言った言葉。

兄弟に発した言葉。

 

それぞれにも適用される。

 

 

彼女は、いつも罪悪感でいっぱいだ。

自分の発する言葉に、なんのクッションも挟まず。

脳を介していない言葉。

 

だけど彼女は、自分の発した言葉の相手の表情を忘れることができない。

 

夜、眠りにつく前に

彼女は、一日を振り返る。

 

「そういえば、あの人のあの表情はどういう気持ちから出たものだろう」

「あの人の話を私はちゃんと聴いてあげれていたのかな」

 

確かめようのない、否、確かめる必要もない

きっと、他の人たちは、ここまで他人の発した言動を振り返りはしないだろう。

それは分かっている。

 

彼女が考えるのは、他人の言動ではなく自分の言動にあった。

 

自分は人を傷つける人間なのだ。

物心ついた頃から、彼女は自分をそんな風に評していた。

 

言葉遣いを気を付け、声のトーンを考え。

社会人になって幾年か経った彼女には、その口調は脳を介さずともできることだった。

 

しかし、彼女は

自分は人を傷つける人間だと分かっている。

だから毎夜考えるのだ。

 

今日のあの言葉のあとの彼女の反応。彼の反応。

私の言葉がもたらした感情の現れなのではないか。

 

 

もしかして、こういう捉え方をされたのでは?

こういう言い方の方が良かったのでは?

あぁ。その後の会話の相手の表情はどうだっただろうか。

 

 

答えのない世界に今夜も彼女は身を投じる。

 

 

そんな私はは、50ページ程度の紙の中に存在する。

その紙は無料で見られる、退屈な小説の中の一短編に過ぎない。

フリックされたら終了する

そんな指先で簡単に消される、ただの一コマなのだ。